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2009年5月24日 (日)

自由について

どこかの公立高校で、志願者数回復のために、一旦自由化した制服をふたたび義務化したらしい。

自戒も含めて、僕らは、自由というメリットを謳歌しながら、一方で求められる自由ゆえの判断を、あまりに避けて通ってはいないだろうか?

幸か不幸か、僕のような職業は、常に名前をあらわにし、他人様に顔をさらして仕事をしている。クオリティーの高い仕事をすれば評価されるし、低い仕事をすれば次は無い。だから、自分に合わない仕事(=クオリティーの出せない仕事)は丁重にお断りすることにしている。まれに、どうしても…という時は、クレジットを入れないという条件付きで仕事したりもする。それは、自由ゆえに求められる判断だと思う。

自由ゆえ求められる判断を放棄した時、僕らには束縛しか残らない。ある意味、それは楽なことかもしれない。相手さんが良心的ならば。けれども、歴史を見る限り、人間は利権を持つと必ず良心的ではなくなる。その時、束縛は悲惨なものに変わってしまう。

人間はきっと、そういう生き物なんだと思う。バンマス業の多い僕とて、いつかは利権に溺れて良心的ではなくなるかも知れない…という危惧を常に持っている。出来るだけそうならないよう、自由ゆえの判断で清貧に生きることに決めている。

だから若者よ。先輩達がせっかく勝ち得た自由を、単にかわいいからとか、楽だからという理由で放棄してはいけない。僕らには、自由が必要なんだから。

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コメント

私は中高同じ敷地で 中学は制服 高校は私服でした 服装と同様 高校は本当に自由な学校で何でもできる 反対に何もしない人もいる 自主性を重んじられていました 今から考えると その学校で良かったという人とそうでない人 どう考えてどんな3年間を送ったかで大きく違ってくる 自由とは逆に厳しいものであると思いました その事に早く気がついたおかげで充実した大学生活ができた人も多いかもしれません

投稿: 寿 | 2009年5月24日 (日) 16時57分

中高生の頃のほうが自由度が多かった気がします
逆に社会人のほうが自由な分、制約が多いと思います
楽だけど組織の中に入っていたほうが良いという人もあるし
逆に苦労はするけどフリーでいたほうが良いという人もいると思います
苦労はするけれどフリーになったときの不自由さも
あると思います
逆に社会人になった時自由とともに制約も多くなった
気がします。完全に自由な世界などないと思います

投稿: アルカス | 2009年5月24日 (日) 23時32分

寿さま
そうでしたか。貴重な学校生活だったんですね。
僕の場合は、小学校が新設校でした。最初に制服(標準服)が制定される時、
「親が楽をするために子供の自主性を摘んではいけない!」
と、うちの両親が最後まで反対していたのを鮮明に覚えています。なので、僕もそんな血を受け継いでいるのかも知れません。

アルカスさま
そうかも知れませんね。
ただ、会社員も良いもんですよ。僕らフリーの人間も含め、何か新しい試みをする時には、心と懐の余裕が必要です。それが無くなったら、自転車操業になってしまい、マイナスがマイナスを呼びます。会社の最大のメリットは、心と懐の少々の余裕だと思いますよ。

そのために、若干の制約を受けると。
でも、心は自由でいいんだと思います。

投稿: うたもの | 2009年5月26日 (火) 03時16分

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