「はあとのおと」無事終了!

満員のお客様の拍手と、出演者、スタッフの温かいご協力により、「はあとのおと~うたものギタリストとともに~@南青山MANDALA」無事終了いたしました。本当にありがとうございました!
お気楽なサポートミュージシャン生活ばかりで、実は自分主催のイベントは初めて。前もって色々準備して行ったのですが、やはり抜けていることがいろいろありますね。その最大の抜けが、当日の写真を何一つ撮っていないこと。しょうがないので、前もって準備したEXCELのタイムテーブルなどをアップしてみますね。あ、ちなみにチラシもEXCEL。おまけに僕の名刺も年賀状も何でもEXCEL(笑)。イラストレーターとかフォトショップとか、触ったことすら無いんです…。
さて、なぜ「はあとのおと」になったのか。事の発端は、5年前くらいにさかのぼります。
当時、とある事務所のアーティストサポートで、よくご一緒するギタリストが居りました。背が高くてハンサムで、なぜかいつも半音下げチューニングでアコースティックギターを弾いている哲夫くん。当時はそんなに親しいというほどでも無かったのです。
で、2年前くらいに初めて米澤粋夏さんと南青山MANDALAに出演した時、
「あっ!太田さん!?」
「あれ?哲夫くん…何してるの?」
「いや、僕、ずっとここで働いてますよ。言いませんでしたっけ?」
「はぁ???」
何と、3年ぶりの再会が、ミュージシャンと店長という間柄になっていたのです。その後、石野真子さんのサポートでMANDALAに出演したり、米澤粋夏さんやLATEWORKで出演したりと、急にMANDALAとのご縁が深くなっていったのです。何も自分からはアクションを起こしていないのに、何か流れがそうなっていく…。そう、もっとさかのぼれば、そもそも僕などミュージシャンになるつもりすら全くなかったし、人とのご縁に流されてきただけなのに、全く不思議なもんです。いまだに10年後の自分が見えません。
そんなMANDALA店長の哲夫くんから、今年の初めに電話がありました。
「太田さん、3月30日のことって聞いてます?」
「ああ、米澤粋夏さんがブッキングしてますよね。」
「そうそう。それで、LATEWORKもやりたいって…。」
「へぇ~そうなの。僕は構わないですよ。」
「じゃあさぁ、もう一つ太田さんのバンドを加えて、いっそ「太田祭り」ってのはどうですか?(笑)」
「えーっ!?俺、裏方だもん…あっ!伊藤賢治さんと一緒にやろう!」
そんなわけで、裏方の太田が初めて企画する「はあとのおと」というイベントになったわけです。ただ、僕のスタンスは裏方だし、決して演奏がうまい類のギタリストでもなく、何だかよく分からない説得力だけで弾くタイプなので、「ハートの音」あるいは「Heart Note」と読めるようなイベント名にしてみました。
いかがでしたでしょうか?もしお客様がご満足いただけたのであれば、また来年あたり、第2回もやってもいいかなぁ~なんて浮かれて考えております。
まあ、とにもかくにも、ありがとうございました!
明日からはまた、うたものサポートに戻ります。









































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