« 2003年2月 | トップページ | 2003年4月 »

2003年3月29日 (土)

にじみざくら

「どこまでゴルフに行って来たんですか?」

小岩駅のベンチを陣取った初老の男性の声。
昔からそうだ。よっぽど僕は、声をかけやすい顔をしているらしい。
でもこのみすぼらしい格好でゴルフもないだろう。

「いや、これはギターなんです。」
「ほぉー。」

男性からしわくちゃの笑みがこぼれる。歯は、ない。

「お仕事ですか?」
「はい。」
「それはいい!それはいい!最高だよ。」
「いや、しかしさほど金にはなりません。」

三鷹行きの電車が入ってくる。

「いや、金なんて…いいんですよ。あなたはまだ若い。」
「いやいや、食えない仕事は周りを不幸にします。まだまだです。」
「いやいやいや、この歯無しのオッサンの話(これは彼流のギャグらしい)
 も聞けよ。」
「はい…」

電車、乗れなかった。

「私には出来なかったんだよ。好きなことを仕事にするなんてなぁ。」
「はぁ。出来なかったですかぁ。」
「出来なかったさ、そんなこと。…あんたはやってるんだよなぁ。」
「はい。いまだに食えていませんがね。」
「やってるんだよなぁ。これがあんたの「今」なんだよなぁ。」
「はい…」
「だから、ワシらのために、この歯抜けオヤジのためにやってくれや。」
「ええ。まだやりますよ。食いますよ。」

中野行きが入ってくる。今度は乗ろう。

「じゃあ、オヤジさん。行きますね。」
「…ワシには、出来なかったんだよ。」
「またね。」
「出来なかったんだ…ワシには…」

ドアが閉まる。


西日の窓の向こうには、江戸川のにじみ桜。
流れるこの景色を、当分は、忘れないだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003年3月24日 (月)

東京湾のハゼ

ついに耐えられなくなり浄水器のお世話になっている。
だから、ここで飲むコーヒーやスープの味は、以前より大分
マシになった。

しかし同時に、僕はある意味負けたのかも知れない。


「東京湾のハゼになれ。」
と言った先生がいた。

きれいなものも
きたないものも
くさいものも
みにくいものも

とりあえず全部食ってみてこそ、真実が見えると。


想えば、僕はそのハゼになるために、ここに来たのではなか
ったか?

誰にも迎合はしたくない。
何にも疑いの心ははずさない。
けれど、とりあえずは信じて食べてみよう。
食えないものなら、もどせばよい。
食あたりしたら、またそれも良し。
命まで持って行かれることは、まさか、
ないだろう。


そんなどうでもいい事を考えつつも、浄水器は快調だ。

というわけで、あのぅー、そこのお客さん、よろしければ
デザートのあとに、うまいコーヒーもあるからね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003年3月21日 (金)

デザート

ソースの味をちょっと間違えただけで
もう席を立ってしまう客を見送りながら
自分だけのメインディッシュを
今日もまた作る。

夕焼け色に染まる赤ワインを右手に
フライパンを見つめる僕は
さぞ悲しげに映っているだろう。

東京の早い日暮れは
今日も何事もなく
この店を埋もらせてゆく。
そんなありきたりの夜、
突然、懐かしいあなたのチャイムが鳴り響いた。

「あの日、デザートを食べ損なったから。」

いやいや。
あなたは覚えていないだけ。

デザートどころか、
あの日、あなたは食前酒を一口飲んだだけ。
メインディッシュさえも見ることもせず
とり憑かれたように席を立ってしまったんだ。

だからね、お客さん。
申し訳ないけれど
また、前菜から出させてもらうよ。

僕は、そういうシェフなんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003年3月10日 (月)

生き急ぐひと

へらへらと
ふわふわと
満面の笑みで
その人はいつも迎えてくれた

悲しくても
苦しくても
叩かれても

抱えきれないほどの荷物を背負って
あわてることなく
取り乱すことなく
決して平坦ではない道を
あたかも何事も無いかのように
彼は通り過ぎてゆく


生き急ぐひと


彼の口からこぼれる言葉は
どれも平凡なカタチだけれど
決して僕が真似出来ない生きざまが
いっぱいに詰まっている

偉大なる平凡に向かって
非凡な毎日をかみしめるあなたの背中を
大きな子供達はきっと
誇ってくれるでしょう


生き急ぐひとへ
敬意を込めて
たまにはこんなことも
書かせてください

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003年3月 4日 (火)

Don't ask me why ?

チャリンコの荷台にGuyatoneの真空管アンプ。
肩にはYAMAHAのSG-1000。
その下宿の扉を開けると、そこは未知の世界。

シーケンサーはRCP-98。カセットMTRはVESTAX。卓は確かBOSS
の24ch。スモールモニターはaudio-technica。キーボードはM1
だっけ?それからCASIOのMIDI Guitarもあったっけ?
見たことも無いような機材が所狭しと置かれ、僕は唖然とした。

「あの、どういう風に弾けばいいですか?」
「おう、とりあえずまあ聴いてくれるかなぁ?」

同期音源というと、その頃の僕は、ちょうど今の携帯着メロの
ようなチープなものを想像していた。しかしここで流れてきた
音は、そんな物とは無縁だった。

「どう?このアレンジって、何か足れへんことない?」
「えっ!?そうですか?僕には十分に聴こえますけど。」
「太田君やったらどんなバッキングする?」
「えーっと…こんなミュートカッティングですね。」
「あっ、それでいいわ。で、サビはこのストラトでもう1本コ
ードを重ねて欲しいんや。」
「は?僕にそのストラトを弾けと…。」
「そうそう。」
「…はい。分かりました。で、こんな感じ?」
「ちがうなぁ。貸してみぃ。こうやって山下達郎風にな…チ
ャ!って鳴らしてほしいねん。ストラトの音で。」
「あ、了解。で、ギターソロは松原正樹風にまとめましょう
か?それとも今剛風につきぬけましょうか?」
「断然、松原正樹で。」

なんとはっきりしたディレクション。しかも松原正樹なんて、
普通知らんぞー。ギタリストでもない人が。そしてこのシャ
レたアレンジ。何者だ?この人?

その後、この音源(表題の名前)は、第1回AXIA ARTIST AUDIT
IONにエントリーされ、審査員の一筆とともに見事落選したの
でした。ちゃんちゃん。


想い出はもう欲しくない。
たとえ遠くなってしまっても、
よろしければ、
一緒に走っていてください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2003年2月 | トップページ | 2003年4月 »